世界から立ち遅れた日本の大学は海外から「国際担当」副学長をスカウトせよ!!

世界から立ち遅れた日本の大学は海外から「国際担当」副学長をスカウトせよ

[ロンドン発]幕末、長州藩の伊藤博文(初代首相)、井上馨(初代外相)、山尾庸三、井上勝、遠藤謹助の「長州五傑(ファイブ)」は1863年、隠れて横浜を出港し、ロンドンにやって来ました。オックスフォード大学やケンブリッジ大学はイギリス国教徒にしか入学を認めていなかったため、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の門をたたきました。

UCLは信仰や人種の違いを超えて、いろいろな留学生に門戸を開いていたからです。ロンドン化学協会の会長を務めていたUCLのアレクサンダー・ウィリアムソン教授は5人を温かく受け入れます。薩英戦争で敗れた薩摩藩もイギリスに留学生を送ることを決め、「薩摩スチューデント」と呼ばれる留学生15人、視察員4人を派遣しました。

「長州ファイブ」と「薩摩スチューデント」が明治維新の原動力となり、日本の近代化を進めたのはご存じの通りです。UCLの中庭には「長州ファイブ」と「薩摩スチューデント」の名前が刻まれた記念碑が建立されています。ウィリアムソン教授は長州ファイブや薩摩スチューデントら多くの日本人留学生を世話するだけでなく、志半ばで客死した若者も丁寧に葬ってくれました。  続き・・・