「同じ中身を同じ学年で」は時代に合わない 「学級」を変えれば教育は変わる !!

特集「変われ!学校」連続インタビュー① 熊本大准教授・苫野一徳氏「同じ年に生まれた人たちだけ」からなる集団って『学級』のほかにありますか? 教育哲学者で熊本大学准教授の苫野一徳さん(39)に聞かれて、ふと考えた。職場はもちろん、大学でも浪人や留年などで年齢差がある。スポーツや政治や芸能などの世界を考えても、確かに「そんな集団」は存在しない。私たちが「当たり前」だと思っていた学校の姿は、考えてみれば、ずいぶん不自然なのかもしれない――。いまの学校を変えるカギのひとつは、この「学年学級制」にあると考える苫野さんに、話を聞いた。

■ベルトコンベヤーを機能させるための「みんな仲良く」

「学級」は公教育制度が始まった約150年前、富国強兵や殖産興業のために、大量の子どもたちに大量の知識・技能を一気に学ばせる必要からつくられたものです。「みんなに同じことを、同じペースで、同じようなやり方で、できあいの問いと答えを一斉に勉強させる」。この大量生産型・ベルトコンベヤー式の教育が、近代化・産業化の過程で日本に限らず、ほぼすべての近代国家で採用されたのは、「最も効率がいいから」にほかなりません。特に日本では、このベルトコンベヤー式が発展する過程で、まとまりやすさを追求するなかで「みんな仲良く」「家族のようになろう」と感情共同体のようになっていったのです。

 ベルトコンベヤー式なのですから、教室の中に多様な子どもたちが入り交じっていたら、当然うまく機能しなくなってしまいます。だからこそ、子どもたちは生存本能として、人と違うことをするのを恐れるようになり、その環境のなかでサバイバルするために、異質な存在を排除する力学を生み出していきます。もともと同年齢なだけに同調圧力は働きやすく、ちょっとした違いが目立ってしまう。それがいじめの温床になるのは言うまでもないですが、多くの子どもたちが、人と違うことを恐れ、空気を読み合うことを強いられる学級生活を送りつつ成長していくのも、大きな問題です。

続き・・・

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